更新日:2020.02.20ちびっこカンガルー、シオの誕生秘話
ちびっこカンガルー、シオの誕生秘話
もうすぐ年度末、カメラのデータ整理をしていたところ、すっかり忘れていた掘り出し物があったのでご紹介します。
現在ウォークスルー展示のメスグループにいるちびっこのうちの1頭、シオ(メス)。
彼女は2019年4月に着地(お母さんの育児嚢から出て初めて地面に降りた日)しています。
出産の確認が難しいカンガルー類、金沢動物園ではこの着地日を誕生日として登録しています。
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今回紹介するシオのお母さんであるコヨシさんは、普段からあまり担当者の存在を気にしません。
2018年8月26日の15:30頃、なにやらただならぬ様子のコヨシを見つけました。
隣にいても特に気にする様子がなかったので、見ていると出産が始まりました。
シオが生まれ(この時はまだ名前は付いていませんが便宜上・・・)、育児嚢までじわじわと登っていき、あと少しで到着!と思ったその瞬間、
同じ群れの別のカンガルーがコヨシにぶつかり、その衝撃で、シオは地面に落ちてしまいました。
カンガルーの手は細かいものがつかめないので、落ちてしまった赤ちゃんを拾うことはできません。
歩くこともできず毛も生えていない小さな赤ちゃんは、育児嚢に入れなかった場合、生きていくことが出来ません。
急いで拾い上げ、折角の機会なので写真・動画をとり、コヨシの育児嚢に入れておきました。
その時の動画がこちらです、元気に動いていますね。
※聞こえている鳴き声は、カンガルーではなくアオバネワライカワセミの声です。
全身ピンクで何だかよく分からないかもしれないので、ちょっと輪郭を書き足してみました。いかがでしょう?
まずは下半身からじっくり観察していきましょう。
短いですが尾があるのが分かりますね。
後ろあしはこの頃ほとんど発達していませんが、前あしはすでに爪までできており、赤ちゃんはこの前あしだけを使って、育児嚢まで自力で登っていきます。
実際に後ろあしが必要となるのは育児嚢を出る頃なので、この段階ではまだ後ろあしを発達させる必要はありません。
したがって、出産前の子宮で育っている過程では、前あしの発達に注力することが出来るようにできているのです。
この前後のあしの発達スピードの違いは、有袋類ならではと言えます。
次に顔です。
この段階では音を聞き分ける必要は当分ないので、カンガルーのよく目立つ耳はまだありません。
前あしを使って育児嚢へたどり着いたら、今度は乳首に吸い付かないとお乳がもらえません。
目はまったく出来上がっていないので、育児嚢へたどり着くためにも、乳の匂いを頼りに進むしか方法はありません。
大きな鼻の穴から、お母さんの乳首を探すために嗅覚が非常に発達していることが想像されます。
また、口も大きく開いており、この穴にスポッと乳首が入るようにうまいことできているのです。
無事乳首に吸いついた赤ちゃんは、外の世界で生きていく能力が備わるまで、お乳をもらいながら約8ヶ月間じっくりと成長していきます。
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妊娠期間の長い有袋類以外の哺乳類(真獣類)は、子宮のなかでしっかりと成長する期間を長くすることで、母体の負担は大きくなりますが、生まれてくる子孫の生存率を上げるのが繁殖戦略です。
対する有袋類の場合は、妊娠期間を短くし新生児の負担が増えても、出産すれば子の成長する場所が母体の外。母体に何かあった場合は、育児を途中であきらめて、環境が落ち着いたら再度改めて繁殖をやり直すことができるので、母体の安全を優先し効率的に繁殖していくことが戦略なのです。
有袋類の繁殖戦略は他にもありますが、長くなるので今回はこの辺で一旦終了です。
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よく有袋類を説明する際には、便宜上「有袋類は未熟な状態で生まれて、その代わりに袋の中で守られながら成長していくんですよ。」などと言っていますが、このシオを見る限り、もちろん未熟な状態の部位はたくさんあれど、小さな体に有袋類の繁殖戦略がめいっぱい詰め込まれていると考えると、非常に有意義な事件でした。
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ちなみに、シオを育児嚢へ放り込んだ夕方、再度育児嚢を覗いてみるとしっかりと乳首に吸いついている様子が確認できました。
現在のコヨシ・シオ親子。調子に乗ってコヨシに絡んでいたら、顔をつかまれたしなめられています。
また掘り出し物があったら、ご紹介しますね。
(しばた)