更新日:2021.04.25ツシマヤマネコ 赤ちゃん成長記④ ~人工授精編①~
ツシマヤマネコ 赤ちゃん成長記④ ~人工授精編①~
ここからは人工授精について担当した獣医師がしばらくブログを引き継ぎます。少し硬い文章になりますがお付き合いください。(前回のブログはこちら)
今回は「なぜツシマヤマネコの人工授精に取り組んだのか?」ということについて書きたいと思います。
最初にこんな事をいうと身も蓋もないのですが、「人工授精をやることに意味はあるのか?」ということを常々考えていました。絶滅危惧種と呼ばれる種はたくさんいます。よく「人工繁殖技術を使って絶滅危惧種の個体数を増やす」などという言葉を耳にしますが、世界に目を向けても人工授精によって絶滅危惧種の保全に成功している例はほとんどありません。特に野生ネコ科動物の人工授精は難しく、成功の報告例は限られています。人工授精に一度だけ成功したとしても、対象動物の保全にはつながらないのです。
それではなぜツシマヤマネコの人工授精に取り組んだのか?
理由は3つあります。
1つ目は、全国9施設でツシマヤマネコを飼育して個体数を増やそうと努力していますが、相性などの問題があり自然繁殖だけでは個体数の維持すら困難になってきたということです。個体数を増やすための革新的な技術が求められていました。
2つ目は、ツシマヤマネコの野生での個体数が非常に少ないということです。野生での生息数は100頭前後といわれています。人工授精により数頭しか増やすことができなかったとしても、個体数に与えるインパクトは相対的に大きいため価値があります。
3つ目は、ツシマヤマネコの人工授精が成功する可能性が比較的高いのではないかと考えていたからです。ズーラシアで飼育しているチーターやウンピョウなどの野生ネコ科動物と比較すると生殖生理がイエネコに近く、例数を重ねなくても人工繁殖を成功させるための技術の修正が可能だと判断しました。
これらのことをふまえて、環境省が実施しているツシマヤマネコ保護増殖事業に基づき、ツシマヤマネコの人工授精に取り組むことになりました。
野生ネコ科動物は解剖学的にも繁殖生理学的にも人工授精が非常に難しく、通常の人工授精で成功する可能性はほとんどありません。家畜の牛や特殊な例ではジャイアントパンダ、イルカなどでも人工授精は実施されていますが、それらと同様のアプローチではネコ科特有の様々な問題が妨げとなり難しいのです。そこで人工授精の成功を妨げるそれらの問題を解決するために必要となる技術が「腹腔鏡下卵管内人工授精」です。これは腹腔鏡を使って卵管内に精子を注入する方法で、現時点で日本ではズーラシアにしかできない技術です。
次回は実際に行った人工授精について書きたいと思います。
医療係 東野