野毛山動物園公式サイト

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更新日:2024.07.06

香雪蘭

ちょっと長いので飽きたら飛ばしてください

 

朝いつものように挨拶をしにいくと、もう返事はありませんでした。

部屋や体が汚れていなかったのでどうやら静かに旅立ったようです。

 

ラージャーは2008年2月にズーラシアで誕生しました。私は、2008年4月にズーラシアにて飼育員を始めましたのでラージャーのほうがちょっとだけ横浜の先輩になります。

私が配属されたエリアはラージャーが飼育されているエリアとは異なるため、直接飼育に携わることはありませんでしたが、何度かうっかりモートに落ちた際に引き上げるのを手伝だったり、事務所でラージャーの話を聞く限り個性が強く飼育に手間がかかる印象で、なるべくなら飼育に関わりたくないと思っていたほどです。当時の担当の方も生涯現役な方でしたので賄賂(歌舞伎揚)を持っていかないと怖くて話しかけられませんでした。

同じ園にいるけど、深く関わらないまま、私は2013年に野毛山動物園に異動を命じられため、ラージャーとの関わりもここで終わりだと思っていました。

野毛山動物園では猛獣舎の担当となりましたが爬虫類館、猛獣舎の耐震補強工事のため、当時いたライオンはズーラシアに預けていました。

工事も終盤に差し掛かり猛獣舎に動物たちを戻す調整を始めたところ、ズーラシアではモートに落下する危険があり展示できないラージャーをバックヤードで飼育するよりは、ズーラシアのバックヤードより広い野毛山動物園に移動させたほうがラージャーにとって良いだろうという話が突如浮上してきました。当然、飼育に関わりたくないと思っていた私はラージャーの担当をしないといけないのかと落胆していました。

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来ちゃうものはしょうがない。

担当になる以上できる限りのことはしようと思い搬入準備を進め、2014616日にズーラシアから野毛山動物へ移動してきました。

野毛山動物園に到着し舎内に輸送檻をいれ入口をあけます。

何も出てきません。

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どうやら、扉が開いているのに気づいていないのかずっと閉じた扉の先を見ていました。いつまで経ってもこちらに気づかないので名前を呼ぶとようやく輸送檻から出てきてくれました。

 

ズーラシアではバックヤードで飼育されていたラージャー、イベントなどで来園者に会う機会はありましたが、常時来園者に見られる環境にはなれていません。搬入翌日から少しずつ来園者に見てもらうことに慣れてもらいながら展示ができる状態になりました。

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公開初日は園内になんか見たことある人いるなと思ったら、生涯現役の先輩がそこにいました。たまたま休みだったからと言っていましたが真意はわかりません。

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歌舞伎揚先輩は7歳の誕生日イベントの時にもラージャーへのプレゼントとして招聘しました。

 

野毛山動物園での環境にも慣れてきたものの何かいつも違和感がありました。

展示場中央には寝台を設置し、その上で休息できるようになっていました。耐震補強工事前にいたライオンは雌雄ともによくその上で休息していましたが、ラージャーは登りません。

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誘導しようと思い、寝台の中央に肉を置いてみても後ろ足で小刻みにジャンプして前肢で肉を手繰り寄せるだけです。しつこく誘導すると怒ってこちらにアタックしてくる始末です。ここでようやく気づきました。ラージャーは寝台に登らないのではなく、登れないのだと。私が担当していた時は寝台にかけたスロープに乗ってフリーズするところまででした。

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降りたくても降りられない・・・

助けたくても助けられない・・・

自力でどうにか降りてもらいました。

ラージャーがちゃんと寝台に登れるようになったのは生涯現役の歌舞伎揚先輩が野毛山動物園に異動してこられ、ラージャーの担当になって数年たってからのことです。

私は担当を外れていましたが、その日の朝獣舎の前を通りかかったところ、ラージャーが寝台に乗っていました。

その下では歌舞伎揚先輩が写真を撮っています。

色々な光景に一瞬言葉を失いましたが、歌舞伎揚先輩に様子を伺うと朝来たらなんか乗っていたとのこと。

二人して喜んでいましたが、ふと我にかえると、ラージャーってライオンだったよね・・・と二人とも正気を取り戻しました。

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担当時、毎朝獣舎に行くと大体ラージャーは寝室で起き抜けの姿で迎えてくれます。

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そして寝起きの顔はすさまじく、大体ひどい寝癖もついているので、この寝癖のまま展示していいのかと思っていました。

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トレーニングにも積極的に協力してくれる個体でした。原理を理解してもらうまでは拒絶されることも多く時間もかかりましたが、原理を理解してからは体重測定、採血、ターゲット、簡単な爪のケアと色々なことを覚えてくれ後々まで健康管理に役立てることができました。

 

大好きだった落ち葉も野毛山動物園に来て初めて使用しました。

 

使うかわからないけど落ち葉の山を展示場に作ってラージャーに使わせてみたところ、落ち葉の山にスタスタ歩みより、そのまま止まることなく頭を落ち葉の山に突っ込んでいました。

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その後は落ち葉の近くに座っていました。落ち葉の山に一体何がしたかったのでしょうか。

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ラージャーをアイドルのように飼育管理するつもりはありませんでした。しかし彼の特徴ある顔つきや独特の感性、立ち振る舞いは見る人すべてを惹きつけ、魅了し続け、私の想いとは裏腹に様々なところでアイドル化されていきました。

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担当を外れてからも獣舎の前を通るとよく遊びに誘ってきました。

遊び方の誘い方も独特で誘うときは大概近寄るでもなく、離れるわけでもなく微妙な距離感でこちらを見つめてきます。こちらが近づき檻のすぐそばまで行くと色々な仕草を見せながら遊んでくれました。担当者の手前、来園者の手前、開園時間中は中々遊びに応じてあげられませんでしたが、よく仕事の合間をみて人目がつかないところで遊んでいました。

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担当を外れてからもたまに飼育業務に入ることはありました。飼育業務に入らない日は日中遊びに誘ってくることが多いのですが、飼育業務に入る日は全然遊びに誘ってきません。どうやら、朝獣舎の扉を開けて入ってくる人間を見て飼育業務に入る人間を判断しているようでした。飼育業務に入るときは遊びに誘ってこないのに閉園後施錠のために獣舎に行くと日中とは打って変わって遊びに誘ってきます。ラージャーの気の済むまで遊びに応じていると事務所に戻るのが遅くなったものです。

 

スノコや寝台、タイヤなど新しく入れたものにもすぐに反応してくれる個体でしたので、色々なものをつくりました。

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最後にラージャーに作ったものは、よしずの壁。ラージャーと来園者を遮る壁。色々なご意見はあるかと思いますし、ラージャーももしかしたら最期まで来園者を見たかったかもしれません。それでも、加療を促すために多くの視線からある程度遮る必要性があると園内で話し合いの末設置することとなりました。

 

個性が強く、担当していた時は彼の一つ一つの行動に驚かされ、この個性とどう楽しく付き合うかよく考えさせられました。動物園に勤めて10数年。ここまで個性の強い動物は初めてでしたし、今後も出会うかわかりません。

不謹慎かもしれませんがラージャーが旅立った日、飼育員が最後にできる飼育業務に関われて本当に良かった。あなたが暮らしていた10年間、動物園にいるときは毎日見ていました。ありがとう。

野毛山での10年間。毎日獣舎から見える景色に彼は何を思っていたのでしょうか。四季の移り変わり、人の移り変わり、動物園の移り変わり何が見えていたのでしょうか。限られた環境でしたが、その中で飼育員たちはできる限りのことを提供してきたつもりです。毎日が彼を満足させるものではなかったかもしれませんが、ラージャーにとってこの10年がより良いものだったと思ってもらえたなら幸いです。

 

おやすみなさい。

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雨が降っていて本当に良かった。

夕方、動物園にかかるように虹がかかっていました。どうぞ蝶々を追って足を滑らせないようにね。

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